橄欖石(オリビン) |
薩藩名勝志 ( 鹿児島県立図書館蔵 )の開聞嶽の項には図版が 4 葉含まれ、うち 1枚は坊津から枕崎越しに開聞を望む空間認識能力の高さを窺わせる雄大な構図に、坊津に配流となったこともある近衛信輔( 信尹 ; 1565 ~ 1614年)卿の歌を添えるという心憎い演出です[1] 。
長崎海軍伝習所のカテンディーケが勝海舟等と共に山川を訪れた安政五(1858)年には、英語呼称“Peak Horner ”のKaimon-gatakeとして外国船にも認識されていました(van KATTENDIJKE, Willem Johan Cornelis ridder Huijssen“Gedurende Zijn Verblijf in Japan in 1857, 1857 En 1859”, Digitalisierte Sammlungen, Staatsbibliothek zu Berlin, 1860,水田信利訳“長崎海軍伝習所の日々 - 日本滞在日記抄”,東洋文庫 26,平凡社,1964)。開聞岳を望み山川湾西岸に伸びる“Cape Horner”は1895年にロンドンで刊行された“The Universal Geography with Illustrations and Maps, division XIV”(Elisee Reclus,Virtue & Co. Limited)に掲載されている KOHL(Armand-Emile-Jean-Baptiste)の銅版画にも描かれており、前景に竹山、俣川洲も確認できます。
浸食谷がほとんどみられない 玄武岩質 の美しい円錐形の成層火山で、開聞暮雪は、南燐晩鐘、洲﨑落雁、南浦歸帆、櫻島秋月、大磯夕照、田浦夜雨、多賀晴嵐と共に 鹿児島八景 の一つに数えられています。池田火山の活動に続く玄武岩マグマの噴出によって形成されましたが、現在の姿は 貞觀十六( 874)年 、仁和元( 885)年の二度の大噴火を経たことによるもので、開聞山古事縁起(神道大系 神社編 四十五,神道大系編纂会, 1987 )に拠れば、開聞岳の別称の一つで近衛信輔の歌にもあるうつぼ嶋(空穂島)の名は、貞観の噴火で山頂に空洞が生じたことに由来するとされています。
当時の噴火口の北縁跡は標高650m程のところにある鉢窪と呼ばれるくびれとなって残っており、直径約800m 程度と推定されています。鉢窪から下が開聞岳主山体(Kme)で、北側から山頂に向かう登山道は、主山体を登った後に仁和の火砕流堆積物(885p)を過ぎ、スコリア丘(885s)と溶岩流(885l)を経て溶岩ドーム(885d)に至ります。登山道に貞觀の火砕流・土石流堆積物(874p)の露頭はありませんが、南側では主山体の殆どが貞觀の噴出物に覆われており、海岸で横瀬溶岩、開聞岳南溶岩を覆う様子を観察することができます。
鹿児島の地質を代表するものとして小学校で教わる“シラス”は姶良カルデラ由来で( 入戸火砕流堆積物 )、頴娃の南薩台地も、所謂“シラス台地”です。指宿市では高江山東方の岩本を中心に分布してはいるものの、地表で一般的に観察される土壌ではありません。一方、地元で“コラ(甲羅)”と呼ばれている土壌があります。薩摩言葉で“塊り”あるいは“堅いもの”を意味する、開聞岳噴火由来の非溶結輝石安山岩 を中心とする砂礫が固化したものです[2] 。特殊土壌地帯災害防除及び振興臨時措置法(昭和二十七年四月二十五日法律第九十六号)の施行に伴い奄美群島を除く鹿児島県全域(県土面積の86.5%)が対象に指定されたのは、シラスのせいばかりではありません[3]。
開聞岳の活動は4,000年程前に始まったとされています[4]。藤野・小林(1997)[5]は、貞観の噴火による噴出物の下位に 11のテフラ層が認められるとし、これに貞観、元和の噴火によるものを含めた12のテフラ層は更にその活動時期に応じて細分され、複数の“コラ”がここに含まれています。貞観、仁和の噴火による堆積物に覆われていることから、これらのテフラ層を主山体で確認することは困難ですが、山川の川尻から村石にかけての海岸に露出がみられ、周辺には、層位から噴出年代を推定することのできる地質遺産も残されています(右の画像をクリックすれば、別角度からの拡大画像が表示されます)。
下の表は藤野・小林( 1997 )に基く開聞岳各テフラの地質年代で、数字がテフラ層、細分列に示すアルファベット/数字は薄い層として挟在するテフラ亜層です。このサイトでは、周辺地質のいくつかをこの表に対応させることで内部構造を把握することのできない開聞岳主山体の紹介に替えています。
テフラ層位6が神武天皇の時代。以下、7が7代孝霊、8が10代崇神、9が11代垂仁、10が神功皇后、11が26代継体。ローマ建国(BC753年)から東ゴート王国建国(AD493年)までの 大概大概 1,000年程度の期間にほぼ重なります。
テフラ層位12を形成した貞觀、仁和の噴火については“ 874年噴火噴出物”、“885年噴火噴出物”の項をご参照ください。
下のグラフは産業技術総合研究所 地質調査総合センターの “ 1万年噴火イベントデータ集( ver. 2.3 )”に基く開聞岳火山の層位別マグマ換算噴出量です。代表的な文献で4,000~3,800年前頃とされる開聞岳の活動開始年代は、このデータ・ベースでは4,500年前とされているため、グラフの横軸もそれに準じていますから、御面倒ですが若干の脳内変換をお願い致します。各テフラ層の時代と周辺の地質遺産の対応関係については、鹿児島県地学会主催の講演会用に作成した2023年5月の資料をご参照ください。
開聞山古事縁起には、開聞岳は景行天皇二十年十月三日(90年11月11日)、一夜にして湧出して山となり、その跡が 池田湖 になったという記載があります。ポンペイがヴェスビオ火山の火砕流に埋もれて 11 年後です。
景行天皇廿年庚寅
冬十月三日之夜、
國土震動風雷鼓波、
而彼龍崛忽湧-出二于此界一、
屼成二難レ思嵩山一、
即其跡成レ池、
今池田之池此也、
開聞山古事縁起
神道大系 神社編 四十五,
神道大系編纂会
“開聞岳で池田湖を埋めると平地になる”という俗説を生むことになったと思われるこの伝承に科学的根拠はありませんが、マグマ換算噴出量が最も多い(3億6,800万m3)層位9の年代に符合する興味深い記述です。噴出テフラ量(溶岩は含まれません)の規模に基づく8段階評価の火山爆発指数(VEI:Volcanic Explosivity Index)は4(Large)で、桜島の大正大噴火(1914年)、開聞岳貞觀・仁和の噴火(Km12)と同水準。言葉を替えれば、つい2,000年前まで、山体と認識されるような地形はここには存在していませんでした。
降雪量が極端に少ない土地であることから、目にすることは殆どありませんが、開聞岳の冠雪が夕映えに染まる景色は“開聞暮雪”として“麑州八景[6]”、“松見崎十二景[7](麑府荒田)”の一つに数えられ、“麑州八景”では東園権大納言基長卿の、“松見崎十二景”では日野中納言資枝卿の御詠が添えられています。
山いく重 かさなる うへにあらはれて ゆふへさやけき みねの志ら雪
東園権大納言基長卿
名にはいへと 空にそひへしひらき丶の たかねのみゆき 暮そいそかぬ
日野中納言資枝卿
また、東嶺山慈眼院(麑府坂本田之浦)の“永福寺六景[8]”の一つも“開聞雪”で、長崎の髙元泰の納めた以下の詩が伝えられています。
積雪堆頭方自問 凛然気逼斗牛間 莫将富士低昻去 一種威霊別有関
橄欖石はマグマが固化する時に最初に生じる珪酸塩鉱物で、開聞岳の玄武岩溶岩や度重なる噴火によって周辺に堆積したテフラ層にも多く含まれています[9]。開聞岳由来の 花瀬溶岩 、 十町溶岩 、 開聞岳南溶岩 、 横瀬溶岩 、 田ノ崎溶岩 も橄欖石を含有する斜方/単斜輝石玄武岩溶岩流です。比重が約 3.5と大きいことから海沿いの橄欖石は浸食、風化作用を受けた後も滞留し易く、波蝕等により指宿から頴娃にかけて海岸沿いに移動したと考えられます。南薩に大型の河川が存在しないことも開聞岳に近い川尻の海浜を中心とする分布の形状の背景にあるのではないでしょうか。画像は川尻で採取した海岸砂に含まれていた橄欖石で、円の直径は約4.5cmです。
以前お会いしたお客様の中に、川尻海岸で見つけた1.5~2cmの大きさのオリビンを持っている、と自慢していらっしゃる方がおられました。現物を見てないので何とも言えませんが、申し訳ありませんけど、それはおそらくビール瓶かリ*ビ*ン Xの空き瓶のカケラです。
“オリビン”は“オリーブ”から派生した名詞で、女神ペレの涙とされるハワイの火山涙の一種、ペリドート(Peridot)も橄欖石ですが、指宿・頴娃の橄欖石もペリドートと同じく苦土系ながら[10]、若いオリーブの実を想わせるような緑色ではなく、上の画像のような光透過性の高い枯竹色から辛子色を呈しています。光に透かせばジンジャー・エイル/ビール色でしょうか。
下の表で苦土系に次いで鉄系の組成比率が多いのは、橄欖石を選別する作業の過程で海岸砂に含まれる砂鉄の量を目の当りにすれば納得して頂けるかと思います[11]。
尚、“橄欖”はオリーブの和名ですが(洋橄欖)、本来の“橄欖”は熟した果実の見かけと搾油という利用法からの連想で転用されただけの東南アジア産の植物で、学名は Canarium album。バラ類のムクロジ目カンラン科(Burseraceae)ですから、キク類シソ目モクセイ科(Oleaceae)のオリーブ(Olea europaea)との縁はなく、“橄欖石”は詐称です。
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