指宿の温泉

鹿児島県地学会主催で開催された第一工科大学高嶋洋教授による202410月の講演会と久留味川流域での地質見学会に参加させて頂いて以降、先生の分類によるタイプAの湧水(大隅降下軽石の不圧帯水層(第一帯水層)からの間隙水)とタイプBの湧水(久藤火砕流堆積物の被圧帯水層(第二帯水層)からの裂罅(れっか)(すい)の同位体組成の差が気になって頭から離れず、霧島の自然水に関する文献を探しています。残念ながら高嶋先生と同じ視点から霧島の湧水を分類してその組成を比較したる文献には今のところ行当っていませんが、自然水と温泉水の水素・酸素同位体比の計測には霧島の試料が含まれているものもあります。

【霧島・薩摩硫黄島と指宿の温泉の比較】

そのうちの一つ、松葉谷治・上田晃・日下部実・松久幸敬・酒井均・佐々木昭“薩摩硫黄島および九州の二,三の地域の火山ならびに温泉についての同位体化学的調査報告”(地質調査所月報 Vol.26 No.8,産業技術総合研究所 地質調査総合センター,1975年)にある霧島のデータ(自然水10;温泉水12)をグラフにプロットしてみました。この文献は薩摩硫黄島の温泉の特性を他地域のものと比較しており、“他地域”には指宿も含まれているので、薩摩硫黄島と指宿のデータも加えています。 薩摩硫黄島・霧島・指宿の水素・酸素同位体比

横軸は酸素同位体比。質量数18(陽子8・中性子10)の18O(存在度 .20004%)を質量16(陽子8・中性子8)の16O(同99.76206%)と比較したもので、同位体標準Sに対する試料Xの比率から1を減じています。非常に小さい値となるためδ18Oとして単位の千分率偏差で表示されています。

δ18O =18O/16OX /18O/16OS - 1

縦軸は水素同位体比で試料Xとウィーン標準平均海水SのデューテリウムDDeuterium:二重水素2H・存在率 .015574%)と水素(H・99.984426%)から算出されるδDで表されています。同位体標準の名称は“海水”となっていますが、蒸留された純水です(存在率は何れもCOPLEN et al.20021))。

δD =D/HX /D/HS - 1

1) COPLEN,T.B.・BÖHLKE,J.K.・De BIEVRE,P.・,DING,T.・HOLDEN,N.E.・HOPPLE,J.A.・KROUSE,H.R.・LAMBERTY,A.・PEISER,H.S.・REVESZ,K.・RIEDER,S.E.・ROSMAN,K.J.R.・ROTH,E.・TAYLOR,P.D.P.・VOCKE Jr.,R.D.・XIAO,Y.K.Isotope-abundance variations of selected elements”,IUPAC technical reportPure and Applied Chemistry Vol.74 No.102002

海水が蒸発して発生する水蒸気は地表に降り注いで地表水、地中水となり、滞留期間こそ異なりますが再び海に達するというサイクルに従って循環します。これらの二つの比率を比較することで、特定の地点で採取される水の循環構造を把握することができます。

水の同位体比に差が生じる最大の要因は、天水の蒸発と降雨・降雪等により繰り返される気体と液体との間での移動速度の差による同位体分別です。これにより水の安定同位体は次のような特徴をもつとされます。

✔ 高度効果:標高が高いほど同位体比は低い
✔ 内陸効果:内陸部ほど同位体比は低い
✔ 温度効果:温度が高いほど同位体比も高い
✔ 緯度効果:緯度が高いほど同位体比は低い

海上で発生した雲が標高の高い山間部に向かって移動しながら降水を繰返して“軽く”なり、各涵養域から水が循環して海に戻るといった気象・水循環モデルを念頭に置けば高度効果、内陸効果、温度効果は互いに関連しており、温度が緯度の影響を受けることも明らかです。これらの事象は理論的にもレイリー蒸留として説明されています。実線で示している天水線は、地球で循環している自然水の酸素・水素同位体比の間に認められる平均的な関係で、8δ18O + 10 δD の理論値とする傾向線。CRAIGにより提唱されました2)。この天水線の傾き8もレイリー式と整合的です。

2) CRAIG, HarmonIsotopic Variations in Meteoric Waters”, Science Vol.133, 1961118

グラフからは薩摩硫黄島の水は重く(同位体比が大きい)、霧島の水は軽い(同位体比が低い)ことが読み取れ、ここにも上の法則が反映されているようです。指宿の水は両者の間に位置しています。

松葉谷 et al.1975)の薩摩硫黄島の試料採取地のうち昭和硫黄島は1934~5年の海底火山噴火によって形成された周囲約1.3kmの無人島で、下の地質図を東方向にスクロールすると見えてくる“新硫黄島”です。坂本温泉は矢筈山の北東に当る海岸の♨の位置に湧出する源泉で、満潮時に海水で適温になるまでは利用できません。地質図で南にある東温泉も岩礁を掘削して湯船を設えた野湯です。

海水(純水)は最初に示した水素・酸素同位体比の図で原点に位置しますが、それよりも右側にプロットされる昭和硫黄島の二ヵ所の温泉水からは基本的に海水由来の性格が強く窺えます。坂本温泉、東温泉は高温の地下水に海水が混合したもののようです。上の地質図で北端となる平家城には東側に穴浜(けつのはま)、西側に大谷(ううたん)と呼ばれる野湯があり既に温泉としては利用されていませんが、潮の加減で入湯条件の変わる小アビ山火砕流堆積物(PA)の溶結凝灰岩(輝石流紋岩)から湧出する秘湯として扱われているようで、何れで試料が採取されたにせよ構造は坂本温泉、東温泉に類似です。

霧島地域のサンプルには鹿児島県だけではなく宮崎県で採取された試料も含まれますが、薩摩硫黄島のデータと比較すれば、海浜から乖離した標高の高い内陸部の特性を強く示していることが読取れます。下のグラフには MATSUBAYA et al.19733)のデータも加えてみました。興味深いのは不動池、大浪池といった湖水よりも栗野岳、えびの地獄が原点寄りにプロットされている点で、熱水と自然水の混合という薩摩硫黄島の東温泉に近い性格をもつ泉質であると考えられます(えびの地獄のデータは温度欄が“boiling”となっており、源泉から採取されたものではないようです)。湖水と比べれば同位体の濃縮度の高い“重い”水ではあるものの、一般的な印象ほどには火山性の性格が強い沸騰泉ではなく、水素同位体比が湖水並みであることをみても地表水の比率の高い熱水なのではないでしょうか。えびの地獄よりも寧ろ硫黄山及び北方の京町、湯の尾といった温泉群に地下水と混合した性格を強く窺うことができます。 霧島の水素・酸素同位体比

3)MATSUBAYA, Osamu・SAKAI, Hitoshi・KUSACHI, Isao・SATAKE, HiroshiHydrogen and oxygen isotopic ratios and major element chemistry of Japanese thermal water systems”,GEOCHEMICAL JOURNAL 73号,1973

グラフの中でえびの地獄は他の霧島のグループから極端に乖離した位置にプロットされていますが、座標(δ18O=-3.5;δD=-41.1)は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDONew Energy and Industrial Technology Development Organization)が烏帽子岳地域で試錐を実施した際の計測結果4)に近い値となっています(。グラフの点線はこれを含む全サンプルの、破線はえびの地獄と烏帽子岳試錐地を除く傾向線です)。NEDOの試錐井は1,300~1,600m程度の深度まで掘削されてはいるものの、烏帽子岳溶岩の下位にある飯野溶岩の層で計測された熱水のデータですから(89.3~97.2℃)、高嶋先生に案内して頂いた地域の“入戸火砕流堆積物 – 大隅降下軽石 – 加久藤火砕流堆積物”という湧水の帯水構造との類似点を想定することができるかどうかについては心許ないところがあります。グラフにプロットした霧島のサンプルのうち自然水は10。河川水(3)と湖水(2)を除けば5ヵ所の地下水が含まれているのですが、高嶋先生が重視されている不圧帯水層(第一帯水層)と被圧帯水層(第二帯水層)の何れから採取されたものかは不明ですから残念ながら両者の“重さ”の差を推し測ることはできません。

4) 新エネルギー・産業技術総合開発機構“霧島烏帽子岳地域資源調査(第4次)報告書”,平成16年度地熱開発促進調査 No.C-620053月。複数の計測結果が示されている試錐地のデータはその平均値。

【水素・酸素同位体比からみた指宿の温泉】

ということで霧島の湧水に関するモヤモヤ感は残ったままになってしまっていますが、これだけで済ませてしまっても仕方がありませんし、思い返してみると指宿を紹介するこのサイトで温泉に触れているページがなかったという致命的なミスにも気付きました。ここからは最初のグラフで薩摩硫黄島と霧島の間に座標を置く指宿のサンプルについてもう少し詳しく見てみたいと思います。

下のグラフには上の松葉谷 et al.1975)にあるデータと MATSUBAYA et al.1973)で二次利用されているもの(こちらは池田湖、鏡池、鰻池の湖水データを除き、採取地点が不明です)に加え、以下の NEDOの報告書に記載のあるものをプロットしています。

5) 新エネルギー・産業技術総合開発機構“池田湖東部地域(第一次)”,平成19年度地熱開発促進調査中間調査報告書 No.C-2-102008>年3

6) 新エネルギー・産業技術総合開発機構“辻之岳地域”,地熱開発促進調査報告書 No.B-620013

7) 新エネルギー総合開発機構“池田湖周辺地域”,地熱開発促進調査報告書 No.1119863

指宿の水素・酸素同位体比 川尻は採取地によってデータにばらつきがあるようですし、松葉谷 et al.1975)の摺ヶ浜、伏目、鰻については温度欄が“boiling”となっていることにも注意する必要がありますが、海岸沿いの伏目は原点に近く地下水は原点から最も遠い座標にプロットされるという概ね期待通りの美しい並びとなっています。かつて温泉は地中深く貯えられた火山性の熱水が湧出した鉱泉としての効能を評価されるものでしたが、現在では殆どの温泉は地中の熱源によって地下に浸透した天水が温水化したに過ぎないという“地域地下水”の概念が一般的となっています。“湯治場”、“効能”といった言葉を目にすることも少なくなってしまいました。指宿のグラフもこれを支持する内容であり、砂蒸温泉は摺ヶ浜も伏目も思っていたほどに海浜性ではないというのも興味深いポイントです。実際、山川(Iamangoo)の砂蒸しはポルトガルの商人ホルヘ・アルヴァレス(ÁLVARES, Jorge)による宣教師フランシスコ・ザヴィエル(XAVIER, Francisco~1552)への 1547年の“報告(Informação8))にも“貧しい人々は温水を溜める穴を掘り朝な夕なに湯あみをする”と紹介されている伝統的な習俗ですが、そこでは“One stream is remarkable for being intensly cold at its source, and becoming lower down just as hot ; it makes its way through a bed of mud to the sea”と、海辺の熱水が地熱の影響を受けた天然水であることが的確に指摘されています。

8) Coleridge JAMES, HenryThe life and letters of St. Francis Xavier Vol.IIBurns and Oates1872


【温泉の類型化と指宿】

では他の温泉地と比較した場合、指宿の温泉群には特筆すべき共通した性格が備わっているのでしょうか。MATSUBAYA et al.1973)には同位体比に化学組成等を加えた全国141ヵ所の一覧表が掲載されています。折角ですから、このデータを用いた主成分分析によって指宿の温泉の特性をみていこうと思います。

で、何年か振りの作業に取り掛かろうと表計算ソフトのAdd-Inを組込もうとしたところ、以前使用していた matrix.xlaの提供が終了していることに気付きました。ヤコビ行列を扱える優れもので大変重宝していたのですが手許のソフトが使えないからといってこのためだけに専用ソフトを購入するというのも業腹ですから、今回は Solverによる簡便法で推計しています。

分析を試みるに当って先ず問題となったのは採用する変数です。一覧表の項目に硫黄・酸素同位体(δ34SSO4δ18OSO4)を含むサンプルは66にとどまります。これを除外すれば水温(t℃)、水素イオン指数(pH)、硫酸イオン(SO42-)までのデータを参照することのできるサンプルは90にまで拡大するのですが、これでは有馬、宝塚、石仏が除外されてしまうという問題があります。MATSUBAYA et al.1973)は温泉を4種に分類しており、海岸型温泉(Coastal thermal water systems)、グリーンタフ/黒鉱帯型温泉(Thermal water systems of the Japan Sea side of Honshu)、火山性温泉(Volcanic thermal water systems)と共に類型化されているのが 温泉の主成分負荷量 有馬・宝塚・石仏型高塩濃度炭酸性温泉(Brines and carbonated waters at Arima, Takarazuka and Ishibotoke)です。このグループを排除することのないデータ・セットを用意するには水温(t℃)、水素イオン指数(pH)、硫酸イオン(SO42-)のデータにも目をつぶり、7個の変数だけを使用して108のサンプルを分析対象とする他ありません。ということでδ18OδDCl-Na+KCa2+Mg7変数×108サンプルのデータ・マトリクスから抽出された第一、第二主成分の負荷量は右のグラフに示すような値をとります。δDMgを除く変数間の相関は極端に高く、データ・マトリクスに含まれる情報量の97.6%はこれら二つの主成分に集約されています(第一主成分88.7%;第二主成分8.9%)。

不満は残るのものの温泉の4種の類型を含む分析を施すにはこの方法を採るしかないと判断した上で求めた各サンプルの主成分スコアは以下のグラフに示すような分布を示します。 温泉の主成分スコア

有馬・宝塚・石仏の水素・酸素同位体比 横軸に寄与率88.7%の第一主成分のスコアを示していますが、極言すればこれは“有馬度”チェックの指標です。有馬(宝塚・石仏)型の多くでは酸素同位体の値が正。右の水素・酸素同位体比のグラフでは“異常値”とも思える座標をとります(実は、霧島の水素・酸素同位体比のグラフにプロットしたえびの地獄と烏帽子岳試錐地のデータは、このグラフで有馬・宝塚・石仏の傾向線の近傍に分布します)。重酸素と塩素の濃度が高い有馬型の温泉水の起源については諸説あるようですが9)、天水とは性格が異なる化学組成に富む泉質であることは下の表からも明らかです。この表には主成分分析で使用した変数の標準化データを地域毎の平均値として示しており、有馬・宝塚・石仏の値はδDMgを除く5変数で標準偏差の倍近く全サンプル平均から上方に乖離しています。有馬・宝塚・石仏を除く平均値と標準偏差も併記していますから、他地域の酸素同位体比と化学組成を判断する際にはこちらも参照してみてください。尚、有馬・宝塚・石仏以外のサンプルの第一主成分スコアの平均値は -.6301ですから、主成分スコアのグラフの横軸の原点もその辺りまでずらして判断することが妥当かとも思えます。

9) 松葉谷治・酒井均・鶴巻道二“有馬地域の温泉,鉱泉の水素と酸素の同位体比について”,岡山大学温泉研究所報告 43巻,岡山大学温泉研究所,1974325

また、筑波大学は有馬温泉の泉質の特異性はフィリピン海プレート由来の水の混入によるもので、地下深部で発生した洪水が阪神淡路大震災の誘因となった可能性があることを指摘しています(YAMANAKA, Tsutomu・ADACHI, Ikuya “Hot springs reflect the flooding of slab-derived water as a trigger of earthquakes”,Nature,September 2, 2024)。この論文は松代温泉と松代群発地震の間にも類似の関連性が認められるとしているのですが、使用したデータセットのサンプルには長野県が含まれていないので、松代温泉の座標は不明です。

各変数の標準化データ

一方、寄与率は 8.9%と小さいものの、縦軸に示す第二主成分は、非有馬温泉群の特性を見る上で有効な指標となっています。

グリーンタフ型10)が中心となっている本州日本海側のサンプル32ヵ所のうち28ヵ所と秋田県、岩手県の各々1ヵ所(玉川、夏油(げとう))は第二象限に分布しています。火山性の箱根の11ヵ所中8ヵ所と草津(湯畑)11)も第二象限に属するサンプルです。

10) 松葉谷治・酒井均・佐々木昭“秋田県,青森県の黒鉱地域およびその周辺の温泉水についての同位体化学的研究”,地質調査所月報 Vol.26 No.1,産業技術総合研究所 地質調査総合センター,1975

11) 松葉谷治・酒井幸子・越中浩“群馬県の温泉水の水素および酸素同位体比”,温泉科学 第36巻第1号,日本温泉科学会,19859

これに対し指宿・成川の6ヵ所は第三~第四象限に拡がっています。他地域では那智勝浦、南紀白浜の4ヵ所、伊東、熱川の4ヵ所が第三象限、熱海2ヵ所が第四象限と、海岸型が分布する領域です。上の表をみても指宿・成川、勝浦、白浜と秋田、岩手、新潟のδDの標準化データは大きく異なり、海岸型とグリーンタフ型・火山性温泉では水素同位体比の水準に差があることが窺えます。本州日本海側のグループで唯一第四象限にプロットされている和倉は能登の七尾湾に面した温泉地です。

ということで MATSUBAYA1973)で提示された温泉の類型化はデータからも裏付けられ、指宿は和歌山、伊豆半島の温泉との類似性も認められる海岸型の温泉として分類されたのですが、採用変数に制約があったことは返す返すも残念です。実は主成分スコアのグラフで第二象限にプロットされたグリーンタフ型のサンプルのうちデータのとれる24ヵ所の硫黄同位体比(δ34SSO4)の平均値は+21.2‰。火山型とされる箱根(7ヵ所)の+6.3‰、草津の+18.2‰を上回ります。指宿・成川(6ヵ所)の平均値も+19.9‰。温泉水に含まれる非天水成分が海水を起源とする超深層水に由来するとしてその循環構造を推計している筑波大学の研究もあり12)、“地域地下水”の概念に疑いの余地はないものかについては更に詳細な分析を進める必要もありそうですが・・・如何でしょう。筑波大の論文に示された循環構造で有馬・宝塚・石仏型、えびの地獄・烏帽子岳試錐地のデータも説明することが可能かといった点にも興味があります。

12) ADACHI, Ikuya・YAMANAKA, TsutomuIsotopic evolutionary track of water due to interaction with rocks and its use for tracing water cycle through the lithosphere”,Journal of Hydrology Volume 62820241月。分析対象はユーラシア・プレートと太平洋プレートの境界上に位置する中央日本のサンプルです。

蛇口を捻れば温泉水の出る指宿市民の管理人には温泉巡りの趣味もないので、個人的には霧島の湧水の水素・酸素同位体比ほどに気になっている訳でもないんですけど・・・。

以上、20241210日時点での覚書です。


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